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初めまして、店主の齋藤健司です。
本当はお店であなたとお話できればいいのですが、なかなか調理場から出られませんので、そこでこの場を借りて、ご来店くださったあなたが安心してお蕎麦を召し上がっていただけるように自己紹介をさせていただきたいと思います。
1972年生まれ、さそり座のA型です。
小学校2年生のときに両親がこの伊奈町に手打ち蕎麦の店を開くために引っ越して来て以来、小・中・高と町内の学校で過ごしました。
開店して3年目、私が5年生のときに父親は病死してしまいました。その後、母が女手ひとつで店を守ってきたのですが、親の苦労子知らずといいますか、甘やかされた坊ちゃん育ちをしていました。何をしても最後までやり遂げる根性がなく、すぐに理由をつけて放り出してしまう性格で、中学の持久走大会ではリタイヤしてばかりでした。
やがて学校を卒業して就職をしたものの入社して一ヶ月もすると「もう辞めたい」と考えるようになりました。今考えれば恥ずかしい話ですが、そのころの私は「うちへ帰ればいつでも蕎麦屋ができる」と甘い考えを持っていたのです。
それが今から15年前の私の姿です。
私が社会人になったころ世の中は「蕎麦ブーム」でした。グルメ雑誌には、おしゃれで格好いい蕎麦屋がたくさん写真入りで紹介されていました。そんな店を食べ歩くうちに「自分もそういう格好いい蕎麦屋になりたい」と思うようになり6年間勤めた会社を退職して実家の蕎麦屋に戻りました。
しかし、現実は甘くないものです。いくら高価で質の良い原料を使って蕎麦やつゆを改良しても、古くから通ってくださるお客さんからは「まずくなった」と言われてしまい「もしかしたら自分は蕎麦屋に向いてないんじゃないか?」と疑問を持ちはじめました。
しかしある日、そんな私の目をハッと覚ますような凄い出来事があったのです。 休日の昼時、会計を済ませた親子連れの男の子が調理場のカウンターまでやってきて満面の笑顔で「おいしかったです!ありがとう!」と店中に響くような大きな声で言うのです。お母さんに話を聞くと、その子はこれまで蕎麦なんて食べなかったのが、私の蕎麦を食べてからすっかり好きになってしまい、その日も「焼肉やハンバーグより蕎麦がいい!」と食事に来てくれたのでした。
小さな子にほめられてしまい照れくさかったのですが、ものすごく感激しました。 同時に、蕎麦と蕎麦を食べに来てくれるお客さんのことを全然考えていなかった自分が恥ずかしく、格好ばかり気にしていた自分自身に怒りすら覚えました。
このことが私に「蕎麦屋を一生かけて極めてやる!」と決断させたのです。
その日から蕎麦屋として本当のプロになるため、そしてたくさんのお客さんに蕎麦を好きになってもらって喜んでもらうため、心を入れ替え、一からの出直しを始めました。
蕎麦屋の仕事は朝早くから市場へ買い出しに行って、蕎麦を打って、営業時間が終わって片付けが済めば身体はへとへとです。その合間をぬって新しい料理の勉強や蕎麦打ちの研究をするのですが疲れてくると「やっぱりムリかな」とあきらめそうになります。 しかし、その度にあのときの男の子の「おいしかったです!」の笑顔を思い出して頑張りました。
本当のプロの蕎麦屋になるために、蕎麦に関するあらゆる本を読みました。農業関係に始まり、蕎麦の技術、そばつゆの技術、蕎麦の歴史、器の本、料理技術、郷土料理について100冊以上読みました。また、お客さんが安心してくつろげる店を作るために建築や内装、バリアフリー関係の本も読んで研究しました。
そして7年前、もっとたくさん人に蕎麦を好きになってもらって喜んでもらうため、両親が始めた店をたたみ、新しく「蕎麦きり さいとう」を開店しました。開店までの道のりも、開店してからも大変なことばかりでしたが、スタッフにも恵まれ、家族の支えもあって、お客さんからも「《さいとう》にくると安心するよ」とか「このまま泊まっていきたいくらい」と言ってもらえるようになりました。海外から帰ってくると、まっさきに当店の蕎麦を食べに来てくれるお客さんもいます。
私自身も、日々の仕事や生活を送る中で楽しいこともあれば、つらいこともたくさんあります。その度にお客さんのくつろぐ笑顔や「旨かった!また来るよ」の声を思い出すと力が湧いてきます。よし!明日もいい蕎麦打つぞ!という気持ちになれるのです。
私の使命は、あなたにとって、また明日から頑張って働く力が湧いてくるような、そんなパワーの源になるような最高の蕎麦を打ち続けることです。
伊奈中央駅から徒歩二分、県道311号沿いのセイムスさん前 〒362-0806 埼玉県北足立郡伊奈町小室9819-1
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全面禁煙